愛されることでしか自分に価値を見いだせない怖さについて




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ぽんきちは明かりの見えないトンネルの中をずっと彷徨っていた・・・それは離婚後4年間くらいまで続いていましたが、レイぽんとそれに続くTeTeでの音楽活動の過程により救われました。

自分に何も取り得がないというか、自分自身が大した人間ではないと思い込んでいる時って、誰かに強く愛されたりするとそれで救われたような気がするものですが、当時のぽんきちにはそんな対象さえいませんでした。

それでも立ち直ることができたのは大好きなことをずっと続けていたことと、それにより周囲の人たちから一定の評価を得ていたからです。

誰かに強く愛されるという恋愛体験ではなくても大好きなことを精力的に続けることで人は救われることがあると知ったのです。



暗闇の中から抜け出してから5年ほど経ちますが、その間のぽんきちはずっと精神的に安定していて穏やかな日々を送っています。

もともと精神的に弱いタイプではないので、普段の日常的な日々ではぽんきちはいつも精神的に落ち着いているタイプの人間だと自己分析しています。

そんなぽんきちですが、自分は落ち着いているのですが周囲ではいろんなことがありまして、それにより心が穏やかではなくなることは多々あります。



例えば、ぽんきちはなぜか一方的に嫌われることが時々ありまして、ぽんきちには心当たりがないのにどうも嫌われているようだという情報が入ってくるわけです。

大概は同世代のオヤジギタリストなんですが、ぽんきちは彼らに何も言ってないし、何もしていないのです。それなのに一方的に嫌われているようなんです。

何もしていないのに嫌われる理由は何なのか・・・その一つとしては嫉妬なのかな?って思うのです。

女性ヴォーカルと複数の、しかもその中には娘程も年齢の離れたお嬢さんとユニットで活動していたりするのが影響しているのかなと。

それと、もしかしたら彼らは自分が正当に評価されていないと思い込んでいるのではないでしょうか?

これだけ複数のユニットで活動していますと、ぽんきちと同じような活動をしたくてもできなかったり、自分が満足できるような評価が周囲から得られていないと、ぽんきちのようなミュージシャンが疎ましい存在になってしまうのかもしれません。



彼らの気持ちはわからないでもありません。かつて女性ヴォーカルとのユニットをやっていなかった頃、活発な音楽活動をやりたくても長くできなかった頃がぽんきちにもありましたので。

彼らに対してぽんきちが言いたいのは、現状に不満があるならば自らの力で抜け出してくださいということだけです。

ぽんきちが暗闇の中から何年もかけて抜け出したようにあなた方も抜け出してくださいと。

それをしないで悶々としている限り、誰かを妬み続ける人生が続くだけだと思うからです。



特定の誰かに強く愛されることがなくても自分の音楽活動がたくさんの方々に愛されることで救われることを知ったぽんきちですが、いくら音楽活動をしていてもただ一人からの強い愛情を欲する人もいると思います。

誤解を恐れずに言うならば、女性にはその傾向が強いのではないか?と思います。

どんなに音楽活動を活発にやれていても、常に心の奥底では誰か一人の男性から強く愛されたいと欲している・・・女性とはそういうものではないかと思うのです。



ただ、ぽんきちが思うに自分に寄せられる過剰な愛情には気を付けた方がいいかと。

そんな激しいテンションは長くは続かないものです。結婚すればわかると思いますが、愛情とは穏やかなものであるはずです。

過剰な愛情には何かが潜んでいるものでして、それは相手に対する愛情というよりもその人の中に満たされない何かがあるのかもしれません。

しかし、その何かは自分に対する強い愛情(としか本人には思えない)に隠されて決して見えてこないものなんだと思います。

以前、ブログにも書きましたが、人を好きになることは狂気の沙汰なので、こういう場合でも周囲の心あるアドバイスは何も意味を成しません。



嫉妬心で誰かを攻撃する人も、強い愛情に飢えている人も、それは承認欲求に支配され誰かに愛されることでしか自分に価値を見いだせない人なのかもしれません。

承認欲求とは誰にもある人として当たり前の感情だと思います。ぽんきちにももちろんあります。

そして、承認欲求が満たされなければ我々は満足できない生き物です。



前述したぽんきちを嫌うオヤジギタリストの話ですが、ぽんきちは彼らに対して何も言ってないし、何もしていないと書きました。

彼らがぽんきちを嫌う最大の原因はまさにそれなんだと思います・・・何もしないのが許せないのです。

ぽんきちが何も言わず何もしないため彼らの承認欲求が満たされないのだろうと思うのです。

ただ、現実問題としてたくさんいるすべての知り合いミュージシャンと絡むのは無理なので、いつの間にか疎遠になるミュージシャンも中にはいます。

ぽんきちに声をかけてくれればスケジュール次第で応じることは十分あり得ますから遠慮しないで欲しい・・・とは言ってもそういう方はプライドが邪魔をして自分からはぽんきちには声をかけないでしょうね。もうそれは仕方ないというか、それが縁というものなんだと思います。



そして、強い愛情を欲する人に一言だけ伝えたいのは、愛は縛ることではなく解放することだということです。

結果的に自分が大切にしているものを奪うほどの愛情で束縛してくるならば、その愛は本物なのかを疑った方がいいと思います。

その人から大切なものを奪うよりも、その人のすべてを受け入れる愛を持った方こそが本物だと思うからです。









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posted by ぽんきち at 2015/10/18 13:15 | Comment(1) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛すること 信頼すること 尊敬すること




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これはぽんきちが考える結婚の3大要素です。

ぽんきちに限らず、それなりに長く人生を送っている多くの方々が同じ意見なのではないかと思います。

もし、このどれかひとつでも欠けているならば、結婚はしない方がいいとぽんきちは思っています。



おそらく一般的に一番目に挙げられる要素は愛することなのかもしれません。

これはあくまでもぽんきちの個人的な意見なのですが、愛することが一番目の人とか、愛することと信頼できることをもって結婚を考えている方は要注意かもしれません。

願うならば、尊敬できることは不可欠な要素であって欲しいし 、敢えて順位を付けるならば、尊敬できることが一番目であって欲しいのです。



未来に生まれてくる子供たちに、お父さんのことをとても尊敬してるのよとか、お母さんのことをとても尊敬してるんだとか、当たり前に言える二人であれば、ぽんきちは少し安心できるのです。

母親に尊敬されない父親を持った子供は不幸ですし、父親に尊敬されない母親を持った子供も不幸です。

愛と信頼は結婚を考えるならば誰しも持っているはずです。そうでなければ結婚したいなどとは思わないからです。

しかし、もし尊敬できると当たり前に思えない何かがあるならば、結婚には慎重になった方がいいかもしれません。



この人を愛し続けようとか信じようとか、結婚に当たっては自然に思えるものなんですが、尊敬しようとかは思いにくいのです。

尊敬だけは未来に向かって努力するものではない要素なのです。

尊敬だけは誤魔化しようのない要素なのです。

だから、一番目に尊敬が来なかったり、もともとそんな要素がない場合は、その人は結婚すべき相手ではないのかもしれません。



そして、更に申しますと、愛し信頼し尊敬していても、壊れる時には容赦なく壊れますので、尊敬が一番目であっても絶対に上手くいくという保証はありません。

人間は日常の中で忘れていく生き物ですから、育むことも忘れてしまいがちです。

もし、忘れずに育むことができたならば、愛と信頼と尊敬はずっと絶えることなく続いていく可能性があるはずです。



人生は諸行無常ですが、3大要素だけは変わることなく末永く持ち続けていけたらいいと思います。










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posted by ぽんきち at 2015/10/16 22:25 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたのことを愛するよりも大切なことがあるの?




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音楽活動をしていますと大切な人とのバランスで悩むことは多くのミュージシャンにとってよくあることだろうと思います。

一番困るのが「私と音楽とどっちが大切なの?」という質問です・・・他人事ではないミュージシャンはたくさんいるはず(・・;)

結論から申しますと、ぽんきちの個人的な意見としては「どっちとか比べることじゃない!」ということです。

どっちも大切に決まっているじゃないか・・・ミュージシャンにそんな質問すること自体がおかしいし、ミュージシャンと付き合っているあなたの選択自体が間違っていますよと。



音楽を仕事にしているプロのミュージシャンにそんな質問をする人はいないと思いますが、問題はアマチュアの場合です。

彼(彼女)にとっての音楽が趣味や遊びならば、自分よりも趣味や遊びを優先するってどういうこと?ってなるわけで・・・この質問責めで音楽活動を止めてしまったアマチュアミュージシャンはいるかもしれませんね。

それで止めてしまうのであれば、その人にとっての音楽とはその程度のものだったというだけなので、それはそれでいいのではないかと思います。

音楽活動をずっと続けたいならば、自分にとっての音楽というものがどういうものなのかを相手に伝え、それを理解してくれる人と共に生きるしかないと思います。



アマチュアであっても趣味や遊びでは完結できない、人生において音楽活動が重要なポジションに位置している場合は、音楽と大切な人とは比較するものではなくなります。

大切なことの質が違うとでも言いますか、自分が自分であるために欠かせないものが音楽だったりするのです。

だから音楽に対する愛情とパートナーに対する愛情は全く別物なので、ミュージシャンの中では当たり前に共存できてしまうのです。



男性ミュージシャンの場合は、この問題は時代を問わず存在していたはずで、真新しいものではありません。

難しいのは女性ミュージシャンの場合です。

特に結婚を考えている場合は、その後に出産や育児が待っていますから、音楽活動を続けることはかなり難しくなると思います。



その前に女性の場合は男性よりもすっぱり音楽を諦めることができる生き物なんだな・・・と思うことがこれまでも度々ありました。

特に結婚と音楽活動という選択肢においては圧倒的に多くの女性ミュージシャンは結婚を選びますから、やはり女性にとって結婚とは特別なんだなとつくづく思います。

だからと言ってその女性ミュージシャンにとって音楽が趣味や遊びの範疇を超えないものだったのか?と言うとそうとも限らないだろうと。

音楽が人生の重要なポジションにあったとしてもやはり結婚を選択する女性が多いのが現実なんだろうと思います。
 


だって、女ですもの。そんなものですよ・・・

って、あの椎名林檎ちゃんでさえそう言ってましたから(^_^;)



ぽんきちが思うに、そんな女性ミュージシャンにとっての愛する人とは、音楽がただの趣味や遊びではないということを理解してくれるパートナーであればいいと思います。

そんなパートナーに恵まれた人ならば、育児の大変さを家族で分け合い、また音楽活動ができる日が訪れるだろうと思えるからです。

ぽんきちの身近な女性ミュージシャンの中にはそんなパートナーに恵まれた人もいて、育児をしながら音楽活動もできている女性は何人かいます。



今は女性が専業主婦になるのは難しい時代になっていますから、経済的な事情で育児をしながら働く女性も少なくありません。

問題は音楽活動のような仕事ではない何かを続けることの賛否です。

もし、どうしても音楽活動を続けることを選択する人生にするならば、我が子と共にする時間よりも大切なことがあるのか?という問いに対する答えは自分なりに持っていなければならないでしょうね。

相手はあくまでも比較するものですから、最初に話したぽんきちの個人的な意見はどこまで通用するのかはわかりません。

パートナーには音楽に対する想いを受け止めてもらえても、幼子には自らの選択肢はありませんから、音楽活動を続けることについてはやはり慎重に成らざるを得ないのかなと。

音楽というものが人生における特別なものであるぽんきちをもってしても、この問題についてはいくら考えても明快な答えは導き出せないのです。



ただ、子供のいないぽんきちには実感として理解するのは難しいのですが、どんなに音楽を愛していても片時も我が子へ向ける気持ちが途絶えることがないということだけは必須条件なのかな?と思います。

三つ子の魂百までという諺がありますが、この時期だけは何よりも優先すべきことはあるかもしれないと心して音楽と向き合うのが女性ミュージシャンの在るべき姿なのかもしれません。

その上で自分なりの選択を決めたのであれば、誰に何と言われようとも自分の信じる道を歩むべきだろうと思います。










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posted by ぽんきち at 2015/10/08 20:09 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誰も愛さず誰からも愛されず〜人はひとりでは生きていけないことについて




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人はひとりでは生きていけないことに気付けない人

気付いているのにひとりで生きていこうとする人

ほんの数年前までぽんきちは後者のタイプでした。



15年前に最初の手術をした時にぽんきちには婚約者がいましたが、全身麻酔を必要とする手術を伴う入院をすると「人はひとりでは生きていけない」ということが尚更強く感じられました。

当時、心の支えであるパートナーの存在でそれは認識できていましたが、身体が自由にならない状態というものを経験すると、その認識は決定的なものになりました。

入院中は時間がたっぷりあるので、テレビを観たり本を読んだり、いろんなことを考えたりするものなんですが、その時は生まれて初めての手術を経験する入院だったので命について考えることが多かったような気がします。

そんなぽんきちは、もし将来自分に息子が生まれたら息吹(いぶき)という名前にしようと漠然と考えていました。

生命を感じさせる名前にしようと思ったのです。



その後、結婚し、子供ができないまま離婚してしまったので、息吹とは出会うこともない人生を送ることになりましたが、それならばと自分のペンネームにすることにしたのです。

息吹になったぽんきちは離婚して7年の歳月が過ぎていましたが、このままずっと独身生活を貫こうと覚悟していました。

ほとんど食事ができない特殊な生き方をしていたことと、離婚の要因となった諸々の出来事がトラウマになっていたことが強く影響していたのです。

もう自分には温かい家庭料理は無くてもいい。人はひとりでは生きていけないことは十分理解しているけれど、それでもひとりで生きていこうと心に誓って生きていました。



そんなぽんきちに変化が生まれたのは今の相方と付き合うようになってからですが、前回の手術から12年の歳月が経ち、再び体調が悪化し始めた頃だったのは偶然だったのか必然だったのか、自分でもよくわかりません。

あれほど頑なに独り身を貫いていたぽんきちでしたが、ぽんきちの病気を徹底的に調べ、ぽんきち以上に体に優しい食材の知識を身に付けようとする相方の姿に、ぽんきちの心の奥底にある厚い氷の塊が次第に溶け始めていきました。



やがて、すでに病巣が悪化していたぽんきちの体は限界に達し二度目の手術をすることになったのですが、あのタイミングで相方が特別な存在としてぽんきちの前に現れたのは神様の采配としか思えません。

術後の経過があまりにも酷く、ひとりで乗り越えられるような入院生活ではなかったので、もしあのまま頑なな生き方を貫く自分だったならば耐え抜くことはできなかったかもしれません。



一度は「人はひとりでは生きていけないこと」を知りながらそれを自ら捨て去る生き方を選択したぽんきちでしたが、再びそれが通用しない過酷な状況を神様は与えてくれた・・・

ぽんきちにとってはあまりにも過酷な試練だったのですが、「ひとりで生きようなどとは二度と思うな!」と言わんばかりの試練を、相方と二人でしか克服できない試練を神様は与えてくれた。



そんな過酷な試練が終わり、ぽんきちが退院した夜、相方は子供のように泣きじゃくりました。

術後、数日間ベッドの上で苦しむぽんきちを何もできずにただ見守るしかなかった日々はよほど辛かったのでしょう。

ぽんさんが帰ってきてくれてよかった・・・と言って泣いていました。



ぽんきちはもう自分が誰かに愛されることはないだろうと思っていたので、あの夜のことは一生忘れることはないと思います。

自分はまともに食事もできない、普通の生き方ができない人間なんだから、誰かを愛したり愛されたりする人生にはもうなれないと思っていたからです。



今ぽんきちが思うのは、誰も愛さず、誰にも愛されずという生き方を貫く決心をして生きていたぽんきちを、神様は決して許さなかった・・・だから5年前に知り合いずっと友人だった相方をあのタイミングでぽんきちにとっての特別な存在に変えたのだと。



人はひとりでは生きていけないとお前は気付いていながらその生き方は何だ!

食べられない病気という障害があるのが何だ!

きっと神様はぽんきちにそう言いたかったんだと思います。

辛い過去があろうとも、一生治らない障害があろうとも、もう一度誰かと生きなさいと言いたかったんだと思います。










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posted by ぽんきち at 2015/09/30 20:16 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人を好きになることは狂気の沙汰である




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赤の他人に愛情を抱くようになる。

毎日毎日その人のことばかりを考えてしまう。

愛情と呼ぶ前には恋に落ちるという状態になるのでしょうが、昔から「恋の病は治らない」という言葉があります。

昔の人はたいしたものだと思うのですが、まさにこの状態は病気です。

恋は心の病気です。



そのまま、心の病気が治らないままでずっと相手と同じ時を過ごす・・・場合によっては結婚して家庭を築くまでになりますが、相手がたまたま良い人だったらとても上手くいくのでしょうね。

もし相手に問題があれば将来のトラブルに発展します。

自分自身のことはさて置いて言えばそうなります。

永遠に誓ったはずの愛がこの世の中からどれほど崩れ去っているか・・・その現実を考えればそれはよくわかります。



ぽんきちは結婚歴がありますが、彼女と結婚する決心をした時に周囲のすべての人たちから反対されました。

両親、友人たち、信頼している職場の上司・・・人生の大きな選択にあたり自分の人生において大切なポジションに位置する人たちに相談したのですが、ことごとく反対されたのです。

それは将来のトラブルに発展する可能性を秘めた相手だったからです。

当時のぽんきちは頭ではそれは理解できても感情では受け入れられませんでした。

なぜならば彼女が大好きだったから。

それでも信じたいと思っていたからです。

彼女のいない人生など考えられないと思っていたからです。

それが恋というものだと思うのです。

恋は盲目と言いますが、まったくその通りなのです。



実家に帰り、両親に相談した時に当然ながら反対されました。

しかし、両親は最終的には結婚を許してくれましたが、父親からはっきり言われました。

「お前が結婚すると決めたならば俺が何と言おうとお前は結婚するんだろう?ならば結婚しなさい。」

「ただ、お前は必ず離婚するよ。」

父にはぽんきちの未来がはっきり見えていたのです。

自分の息子が将来不幸になることをわかっていました。

それでも両親はぽんきちの結婚を許し、彼女を嫁として受け入れ、とても可愛がってくれました。



その5年後にぽんきちは離婚しました。

両親をはじめ周囲の人たちが言っていた通りにぽんきちの人生はなったのです。

これから結婚を考えている読者がいるならば、ぽんきちの経験から申しますと、何らかの不安要素がある火種を抱えたままで結婚するのは危険だということです。

しばらくは幸せな日々が続きますが、その幸せな日々の見えないところでその火種は少しずつ大きくなってしまう可能性があるからです。

気が付いた時には手の施しようがない状態になっていることがあるのです。



ぽんきちが両親に離婚するかもしれないと話した時に、父は「お前はみんなの前で彼女と永遠の愛を誓ったんじゃなかったのか?」と言いました。

そして、彼女が可哀想だとも言いました。

ぽんきちは何も言い返せませんでした。

その後、離婚することが決定的になったのですが、経済的に困窮したぽんきちに救いの手を差し伸べたのも父でした。

「俺の言った通りになったな。ぽんきち、お前は今回はいい経験をしたよ。高い授業料だったがいい社会勉強をしたじゃないか。」と言って笑っていました。

もうね、父親の懐の深さというか人生観の大きさにぽんきちは圧倒されました。

息子が将来不幸になるとわかっていながらその結婚を許し、その通りになると惜しみなく経済的な援助をし、しばらくは彼女の悲しみに思いを馳せ、ずっと彼女のことを心配していたのです。

それ以来、ぽんきちにとって父はこの世の誰よりも尊敬する存在になりました。



あの時、周囲の人たちの適切なアドバイスを受け入れていたらぽんきちは不幸にはならなかったのかもしれません。

最初に話したように、自分のことはさて置いての話ですから、喧嘩両成敗というようにぽんきち自身にも問題があったはずです。

知らない間に大きくなってしまった火種を抱えきれなくなった自分の未熟さゆえの失敗でした。

そして、今でも思うのは、周囲の人たちがどんなに客観的に正しいアドバイスを与えたとしても、当事者にはわからないということです。

わかっていたら離婚率は激減するのでしょうけれど、人を好きになるということはそういうことなのだと思います。



人を好きになるということは狂気の沙汰です。

その狂気に身を任せようとしている人に何を言おうと無駄なのです。

例え不幸になるとわかっていても、「おめでとう。幸せになってね。」と言うしかないのです。

かつてのぽんきちの大切な人たちがそうであったように。



不幸になる人と繋がるのも縁ですし、幸せになる人と繋がるのも縁です。

幸せになれたらそれでいいですし、もし不幸になって帰って来たら温かく迎えてあげればいい。

人間的に一回り大きく成長したその人とまた一緒に人生の一部を共有できたらいいと思います。








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posted by ぽんきち at 2015/09/13 11:02 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ただ幸せを願う〜PORIPORI変遷記






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かつてPORIPORIというユニットがありましたが、ぽんきちとりかちゃんの年に一回だけライブする企画ものユニットでした。







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やがて、りかちゃんは結婚し・・・







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子供を宿し・・・







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母になりました






ん?実際はちょっと順番は違っていたような気もするが・・・






今となってはどうでもいい








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そして、今は育児に奮闘中ですが







そんなりかちゃんと久しぶりに白玉ぜんざいを食べながらツーショット







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自分の信じる道を歩けばいいんだ







音楽も育児も頑張れよ(^-^)







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posted by ぽんきち at 2015/05/28 23:13 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パートナーと一緒にお風呂に入っていますか?




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パートナーがテレビばかり観ている


パートナーが読書ばかりしている


パートナーがスマホでスクロールばかりしている



あなたにとって一番嫌なパターンはどれでしょう?



テレビと読書ではおそらく読書の方が嫌でしょう。

何故ならば、テレビはその番組を自分も一緒に観て楽しむことができますが、読書は同じ本がなければそれができません。



そして、読書とスマホではおそらくスマホの方が嫌でしょう。

何故ならば、読書の先には誰も居ませんが、スマホの先には見知らぬ誰かが存在している可能性があるからです。

特にSNSなどでは誰かと交流したりしてパートナーが楽しんでいる可能性があるので、上記3つの中ではスマホが最悪ということになります。

そういう意味ではスマホは最も伴侶や恋人に嫌われるツールということになるので、その使い方には注意が必要です(・・;)



一般的にスマホの利用者はSNSの交流サイトとメールや誰かのブログやHPを見ていることが多いと思います。

ぽんきちの場合はSNSの交流サイトを見ている時間よりも自分のブログを書いている時間が圧倒的に長いのです。

毎日スマホで更新しているので普通の人たちよりもスマホをブログに使う時間が長くなるのです。

誰かと交流しているというよりは物書きとしてスマホに向かう時間が長いのがぽんきちの特徴です。

しかし、それがパートナーとの会話の時間を減少させる要因になるならば、それは素直に反省しなければなりません。



長くお付き合いをしていますと、お互いにあまり話すことがなくなってしまう夫婦や恋人たちも多いのではないでしょうか?

ぽんきちは離婚歴がありますが、今思うとかつてのパートナーとはいつも一緒にお風呂に入っていたのに、いつしかそれもなくなっていました。

別居する2年くらい前から一緒にお風呂に入らなくなっていたような気がします。



今ぽんきちはパートナーと一緒にお風呂に入っています。

だからと言って、とても上手くいっているわけでもないし、いつも喧嘩しているわけでもありません。

ぽんきちは何と申しましょうか、とにかく淡白なのです。

もっとかまってあげないといけない・・・もういつだってそうなんです。

これまでの人生を振り返ってみても、誰とでもそうで、「もっとかまってオーラ」をバリバリ出されてしまうのですが、淡白なぽんきちは自分らしく普通に生きようとするので、いつもパートナーには寂しい想いをさせてきたような気がします。



これまでの経験からも、パートナーと一緒にお風呂に入ることは、会話の少ないぽんきちにとって大切なスキンシップなのです。

そして、更に言うならば、楽しいことを共有することの大切さと同じくらい、悲しいことや苦しいことを共有した相手は特別なのではないかと思うのです。

ぽんきちが「死んだ方が楽なんじゃないのかな・・・」と思うくらい苦しんでいた時に、ずっと側にいてくれたのが今のパートナーです。



もっともっと言うならば、自分が悲しい時や辛く苦しい時に見捨てなかった仲間や、優しく接してくれた仲間たちの存在がどれほど自分を支えてくれたことか・・・

だから、楽しいことだけではなく、悲しいことがあった時もあとで人生の宝物になり得る可能性があるし、楽しい時も苦しい時も共に過ごせるパートナーや仲間の存在はかけがえがないと思うのです。





今、あなたはパートナーと一緒にお風呂に入っていますか?










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posted by ぽんきち at 2015/05/24 00:03 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心に仏がいないから





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淋しいのは心に仏がいないから


悲しいのは心に仏がいないから


苦しいのは心に仏がいないから




ぽんきちが気にかけている友人が、散歩の途中に出会った石碑に刻まれていた言葉をFBで紹介していました。


大昔の人々は自分の心の中にこそ救いがあることを知っていたのかもしれないなぁ・・・


そして、自分という人生を生きながら相手を思いやることの難しさも、この言葉からはひしひしと伝わってきます。



50年生きていても気の利いた言葉さえかけてやれない自分がいて、情けないぽんきちは大好きなコースケさんの歌にすがるしかないのです。















雲に隠れた お月様


煙に巻かれた うさぎ様


居場所を求めて あちこちと




合わせていける 生きものと


合わせられない 生きものと




ああ 生きている


それもまた 楽しい




ああ 生きている


それがまた 哀しい




ああ 生きている限り


美しくあれ


闇があるから 光る月





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posted by ぽんきち at 2014/12/29 21:03 | Comment(0) | 愛について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする