不都合な真実を隠すのは生活を守るためという言い訳に支配されていることについて




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化学物質の副作用は毎日のように様々な情報発信がネットでされていますが、どこまで信じられることなのかは我々にはイマイチよくわかりません。

本来、人間にとって害ではないはずの花粉に過敏に反応してしまう体質にある日突然変わってしまったり、消臭剤を多用していたらペットが病気になってしまったり、その原因が我々の生活に浸透している化学物質にあると警鐘を鳴らす記事をよく目にします。

しかし、個人が発信する情報の信憑性を問われるとやはりわからない。多くの人たちは、国の安全基準を満たしているから市場に流通しているのであって、一個人の意見を鵜呑みにするのは如何なものか?という考え方も根強くあるからだろうと思います。

しかし、個人レベルで考えると「もしかしたらこれは化学物質が原因ではないのかな?」と感じることは我々の普段の生活の中にもあるかもしれません。



ぽんきちの場合はシャンプーが苦手なんですが、病院で定期的に点滴投与している薬の副作用で皮膚がとても過敏になったため、それまで使っていた石油系のシャンプーだと頭皮がヒリヒリするようになりました。

今は肌に優しいベビーシャンプーを使っています。これだと大丈夫なので大人用のシャンプーはおそらく二度と使えない体質になっています。



マーガリンはその成分に含まれるトランス脂肪酸がいろんな病気を引き起こすということが判ってからは先進諸国でも製造禁止になっていますが、なぜか日本では当たり前に販売され菓子パンなど様々な食品に添加物として今でも使用されています。

腐りにくく長期間保存が可能なマーガリンは食品の流通過程を考えるとかなり便利な食材なのはわかりますが、海外ではぽんきちの病気はトランス脂肪酸が原因の一つであると発表している国もあって、個人的にはマーガリンを規制することで年々増え続けている同じ病気の患者を減らすことができるかもしれないのに・・・という残念な思いもあるのです。



この他にも挙げればキリがないくらい化学物質の弊害が疑われる事例はたくさんあるんでしょうけれど、国も企業も「心配ないよ、大丈夫だよ〜(^_^)v」というスタンスなので、ちょっとくらいの毒は利便性を追求するならば必要悪として容認するのが当たり前という風潮が浸透しているのが現状なんだと思います。

たまたま体質的に運の悪い人たちが花粉症を発症したり、ぽんきちのような難治性疾患になったりするわけで、必要悪な毒を吸収していても平気な人たちが圧倒的多数ならばいいじゃないかということなんですかね(・・;)

そう考えると体質的に鈍感な人たちが現代社会の利便性を最も謳歌していて、国も企業も経済的に豊かになることが国民全体の幸せになるわけだから、多少の犠牲はやむを得ない。やはり利潤追求が第一でしょう!!となっているのが今の日本社会なのかもしれません。



それでも花粉症の辛さはなってみないとわからないでしょうし、難治性疾患の辛さもなってみないとわからないわけです。君たちはマイノリティーなんだから我慢しなさいと言われても納得いかないことだってあります。

世の中には大丈夫とされながら一部の人たちには大丈夫じゃないと思われるもの、化学物質はその代表的なものですが、その弊害はそれを製造している人たちは知っていたりするケースもあるでしょう。

自社製品は絶対口にしないとか、自分の家族には食べさせないとか、自分では使用しないとか、そういうこともあるでしょうね。社会にとっての利便性のための必要悪なんだからいいじゃないかと、自分たちの生活もかかっているし・・・でも家族には食べさせないし、使わせないとか(・・;)



我々はいろんな分野で働いているわけですが、自分が所属する業界ではよく知られているけれど、一般的には知られていないということもたくさんあるはずです。

それを不都合な真実と呼ぶならば、それに似たことはぽんきちの業界にもありますし、必要悪と割り切って仕事をしていたこともあります。そういうことってどんな業界にもあることかもしれません。ただ他の業界で働いたことがないから知らないだけなんです。

不都合な真実を隠すのは共同体意識だったり、長いものには巻かれろ意識だったりだと思いますが、やはり自分たちの雇用を守るためということもかなり大きな要素になっているだろうと。

その業界で働いている自分を、支えるべき家族の生活を守るためとなると、ほとんどの不都合な真実は隠蔽されてしまうわけで、それがあらゆる業界で行われている限り世の中が良い方向に向かうはずがありません。



そして、この生活を守るためという要素は不都合な真実を隠すことだけに留まらず、我々の生き方そのものにも大きく影響しています。生活のために好きなことではなくても仕事にしている人たちは今でも圧倒的マジョリティーなわけで、社会に対しても自分たちの生き方に対しても不都合な真実を作り出してしまう原因になっています。

生活のために働くのは当たり前なんですけれど、働くことの意味がそれだけになってしまうとろくな事がないのです。

働くことは尊い、しかし、それは生活のためにだけとなると利権体質を生み出し、自分たちさえ潤えばいいという都合のいい理屈を勝手に作りかねません。

どんな仕事も社会貢献に繋がってはいますが、実は大きな声では言えないことがあるという業界体質もあちこちにあるわけで、我々のしていることは本当に社会貢献になっているのか?と改めて問い直すことも時には必要なのではないかと思うのです。



自分の愛する家族や幼い命たちに安心して食べさせられるもの、安心して使用できるものを作ることを、我々ひとりひとりがもっと真剣に考える社会になれたらいいと思います。

自分の家族には食べさせないとか、使わせないとかいうものを製造して、それでも社会貢献しているというならば、別の分野で自分や家族が不都合な真実の犠牲となっても何も言えません。

生活という自分や家族が存在する現実を守るという行為は誰にとっても当たり前のことです。しかし、そのことが巡り巡って自分たちの健康を脅かすことに繋がるサイクルを作り出しているのならば、どこかで軌道修正すべきなのではないでしょうか?

世の中の必要悪と言われているものの多くは思い切って無くしてしまっても意外と普通に生きていけるものです。

現実に不都合な真実が内部告発などで明らかにされ社会的な制裁を受けた後も生き残っている企業はたくさんあるわけですから。

更に言うならば、内部告発をした者を排斥するケースが多々あると聞きますが、我々がそのメンタリティーに支配されている限りより良い社会にはならないという自戒も込めてこのブログを書きました。











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posted by ぽんきち at 2016/04/24 12:48 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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