好きなことを仕事にしようとすると自分一人さえ食べられないという常識について




20151226121639728.jpg






歴史に名を残す人物たちは理想に生きて死んでいった人たちばかりですが、その中には自分が好きなことをするなんて当然で、好きを超越して世の中を変えるくらいの仕事をした人物がたくさんいます。

幕末の志士たちもそうですが、坂本龍馬や大久保利道など、反対勢力から暗殺されるほど理想に向かって生きた人物は数知れない。

彼らは好きなことを仕事にするなんて当たり前過ぎて意識もしていなかったでしょうし、それをはるかに超越した理想を胸に生きていたはずです。



歴史に名を残すことのない我々は好きなことを仕事にすると食べていけないから、自分に適した仕事を見つけることが精一杯で生きている。

歴史上の人物たちのエネルギッシュな行動力に感銘を受けながらも、自分の人生になると萎縮してしまうのは何故なんだろう?

所詮歴史に埋もれるだけの人生だから好きなことは趣味止まりで生きていくのが相応しいと思ってしまうのだろうか?

反対勢力に暗殺されてしまうほど崇高な理想など持っていないにしても、「好きなことを仕事にする」という誰にとっても自然な欲求が自分一人さえ食べられないという世の常であることに純粋な疑問を感じたりもします。



人々の暮らしをもっと良くするとか社会を平等や公平なものにするとか、多くの人たちにとって幸せに繋がる何かを実現するために生きるとか、自分の欲望だけではない他者にとっての利益も内包した理想や夢であるならば、経済もリンクしてくる可能性はあると思います。

そんなに大袈裟な理想ではなくても自分の起こす行動が誰かの役に立つという視点があれば、WinWinの関係が成り立つ何かであれば仕事にすることを考えても経済が循環する可能性はあります。

我々は夢を語る時に自分目線になり過ぎているのかもしれません。

なりたい自分のことばかりを考えて他者が享受できるものに意識が向かないのかもしれません。

自分が理想とする仕事ができれば他の人たちにとってもこんなにいいことがある。萎縮してしまう気持ちはそんな他者に対する気持ちが希薄になっているからかも?と考えるともっと頑張れるような気がするのです。



ぽんきちは音楽が中心の仕事にシフトできたら幸せだと考えていますが、それによってどれだけの人たちに喜びや癒やしを与えられるのだろう?と今は考えています。

他者に与えられるものが足りなければきっと仕事にはできない。

そのためにはどんな形で音楽を届けたり、どんなシチュエーションで音楽を必要とされたりするのかをもっと考えないといけません。



経済の循環が伴うほどの他者目線を内包した自分の夢が見つけられたら、自分一人くらい食べていける好きな仕事は見つけられるのかもしれません。

そして、その循環が大きくなることで自分以外の誰かも食べていける仕事に成長できるのかもしれないと思っています。









ぽんきちFacebook(お気軽に申請どうぞ。基本承認致します)
https://facebook.com/ponkichi.kawakami


ぽんきちTwitter(フォローどうぞ。基本フォロー返しします)
http://twitter.com/1213Kamikawa


ぽんきちGoogle+ (フォローどうぞ。基本フォロー返しします)
https://plus.google.com/107201967665662929580


ギタリストぽんきちプロフィール
http://milkysionray.seesaa.net/s/article/400037134.html


ぽんきちのアコースティックギター講座
http://milkysionray.seesaa.net/s/category/23311823-1.html


ユニットの出演依頼、サポートギターの依頼等はこちらにお願い致します。
http://milkysionray.seesaa.net/article/400037134.html#contact


【ブログの最新記事】
posted by ぽんきち at 2015/12/26 12:17 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。