後悔しない生き方をするために(※長文なので時間がある時にお読みください)


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昭和20年代の終わり頃、大分県佐伯市にて
母(長女)と叔母(次女)





あれはもう7年以上前だろうか、故郷の島に住む叔母が倒れて街の病院に入院していたので、お正月の帰省中にお見舞いに行ったのです。

四人姉妹の母は長女で、入院している叔母は次女でした。佐伯市の港からのバスはほとんど無く、ぽんきちは病院まで歩いて行くことにしました。その日はとても風が冷たくて、港から40分くらい歩いたでしょうか?叔母の病室に着いた時は体が冷え切っていました。

叔母は肝炎の症状から脳をやられていて、全身の麻痺と言語障害のためベッドに横になっていましたが、ぽんきちに気が付くと驚いた表情からやがて満面の笑みに変わりました。

叔母が何かを話そうとするのですが、ぽんきちにはわかりませんでした。叔母がぽんきちの手を握ったので「俺の手は冷たいだろ?今日は外はとても寒いんだ。港から歩いて来たからね。」と言うと、叔母はぽんきちを見つめて微笑んでいました。



まるで少女のような顔でぽんきちを見つめる叔母を見ていると、ふと母の面影と重なって見えたのです。姉妹だから似ているわけです。その瞬間にぽんきちは堪えきれず泣いてしまったのです。

それまで笑顔だった叔母も泣き出してしまって、それが叔母と会った最期になってしまったんですが、ぽんきちはそれをとても後悔しているんです。なぜあの時俺は泣いてしまったんだろうと・・・なぜ叔母と笑顔のまま別れることができなかったのかと。

今でも悔やまれる出来事で、時折ふと思い出してしまうのです。



次女の叔母が亡くなった後、たまに佐伯市の街に住む三女の叔母からぽんきちに電話がかかって来るようになりました。父も母も高齢で、特に最近は父がかなり弱っているみたいだから、息子として将来についてちゃんと考えておきなさいという内容でした。三人兄弟の中でも特にあなたがしっかりしないといけないんだと・・・詳しくは書けませんが叔母の言う意味はぽんきちにはとてもよくわかりました(^_^;)

まだ勤め人だった時にそんな電話が叔母から何度かあっていましたが、ぽんきちは都合の悪い現実から目を背けていたのです。当時のぽんきちは福岡市内で国家公務員として働いており、故郷に帰るという選択肢はありませんでした。両親が高齢なのはわかっているし、兄弟で話し合いもするよと叔母に話すばかりで、実際は何もしていませんでした。



そんな時、ぽんきちが早期退職してフリーランスのギタリストに転身しようと決心を固めてしばらくして、父がある日突然脳梗塞のため動けなくなってしまったのです。言語障害もあって急遽高齢者施設に入所することになりました。

ぽんきちに「あなたがしっかりしないといけないのよ。」と言い続けていた街に住む叔母は、足繁く父の施設に通ってくれました。母が離島暮らしのためずいぶんサポートしてくれていたようでした。

漁師だった祖父の娘として生まれた母たちは高校に進学することを許されませんでしたが、養子として家に入ったサラリーマンの父が「これからの時代は女性にも高等教育が必要だ。自分が学費を出すから妹たちを高校に行かせて欲しい。」と祖父を説得したそうなんです。

叔母は成績も優秀だったそうですが、その恩をずっと忘れないで生きていて、父が倒れた後もずっと献身的にサポートしてくれました。きっと母もずいぶん助かったはずなんです。



父が突然倒れ施設に入所したのはぽんきちが早期退職する3ヶ月くらい前でした。これからフリーランスという不安定な生き方をするという時に困ったぞ・・・というのが当時のぽんきちの正直な気持ちでした。想定外に早く父が倒れてしまったのです。

仕事を辞めてから何度か施設の父を訪ねて、今はフリーランスのギタリストなんだと話したんですが、どうも父はそれを理解できないみたいでした。若い頃にぽんきちが音楽を仕事にしたいと言った時、激怒した父ですから、今思うと理解できないままで良かったのかもしれません。

結局、父は脳梗塞で倒れて一年半後に癌のため病院で亡くなりましたが、ぽんきちが都合の悪い現実を直視できるようになったのは父の死がきっかけでした。もう現実から目を背けて生きるのはやめないといけないと、やっと決心できました。



想定外に早く福岡から大分に活動をシフトチェンジせざるを得なくなったわけですが、早速ぽんきちは二年前から大分県内で音楽環境を作るために動き出しました。博多との習慣やクオリティの違いなどに戸惑いながら今に至っているわけですが、圧倒的な人口の違いから来る格差は如何ともしがたいものがあります。

正直、どうやって仕事化できるのか、今はまだわかりません。オリジナル曲のアレンジやレコーディングは福岡在住の今でもネット経由がほとんどなので大分でもできるはずです。ギターレッスンも最近はカラオケ店を利用しているのでこれも大分でもできます。

問題は演奏活動なんですが、これはとても難しい課題です。福岡に遠征すると交通費と宿泊費でほぼ赤字になることが容易に想定できます。おそらく将来的には月一ユニットのライブで福岡遠征するくらいになるだろうと思います。

現在活動中のユニットはすべてワンシーズンに一本のライブになる可能性が高いので、現在のTeTeのような緩やかな活動をすべてのユニットでするようになるかもしれません。赤字になるとわかっているライブを毎週するわけにはいかないからですねぇ(・・;)



大分在住のヴォーカリストとユニット活動をする選択肢もありますが、仕事として歌う覚悟のある方はなかなかいないのでは?と思います。ユニットの場合はお互いの相性もかなり影響しますから、まずは大分ではこのままソロ活動を続けるしかないだろうと。

どう考えても音楽環境は大分よりも福岡の方がいいに決まっています。特に仕事化を考えているならば尚更です。わざわざ仕事化しにくい地方にぽんきちはシフトチェンジしようとしているわけですが、現実を直視することと後悔しないことを考えると、今はこの方向性で考えるのがベストなんです。



福岡には大切な人がいます。でも、故郷にもいるわけで、揺れ動く心のまま毎日を生きている自分がいます。









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posted by ぽんきち at 2020/02/12 00:05 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする