ぽんきち御用達の音楽スタジオ「サウンド・トラック」人呼んで「サントラ」とはここなり!!





https://www.youtube.com/watch?v=6WAw9M6FDpo






ぽんきちのブログに度々登場するスタジオでの練習風景の写真や動画はほとんど福岡市中央区渡辺通2丁目にある「サウンド・トラック」というスタジオで撮影されたものです。


https://www.studioasp.com/mdata/detail.aspx?i=9727
音楽スタジオ総合ガイド「薬院サウンド・トラック」



ぽんきちにとってはずいぶん古い付き合いになるオーナーさんが経営していますが、ぽんきちの音楽仲間のミュージシャンたちも割と利用していて、練習していたら隣のスタジオで○○さんたちも練習していた・・・ということがよくあります。

ぽんきちがサントラで最も遭遇率が高いのは弾き語りストのあべことd.w.p(ダンシング・ワウワウ・パラダイス)のサザエさんたちかなぁ・・・

特にTeTeの練習の時に遭遇することが多くて、チミたちまたサントラで会いましたね!!みたいな^^;



ぽんきちがこのスタジオをよく利用している最大の理由はソロやデュオという小編成でも数日前から予約できるからなんです。

多くのスタジオは2人までは前日だとか当日の予約しかできないところが多いのです。ですから、アコースティック・デュオで活動しているぽんきちのようなミュージシャンにとってサントラの予約システムはとても助かるわけです。



そんなわけで、これからも何かとお世話になるサントラですから、たまにはぽんきちのブログで紹介しないとね^^

サントラさん、これからもお世話になります!!










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posted by ぽんきち at 2016/08/15 22:28 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

14歳になった夏に戦争が終わったことを知った〜決して戦争体験を語ろうとはしない父について




20160815163907416.jpg







昨日は福岡に戻る途中で父が入所している施設に立ち寄りました。

8畳ほどの広さの部屋で父は車椅子に乗ってテレビを観ていましたが、お見舞い客の訪問はやはり嬉しいようでした。施設の部屋は綺麗に掃除されており、窓も広く緑が見える景色に田舎の施設ならではの良さを感じました。



最近は白内障のためそんな景色も水中から見ているようにぼやけてしまうと話していた父ですが、終戦記念日である今日は父の85歳の誕生日なのです。

父は14歳になった日に終戦を迎えました。その時のことを父は決して我々子供たちに語ろうとはしませんでした。ぽんきちの父は戦争体験を語らない人なのです。

兵隊として戦地に徴兵された経験を持つ高齢者の中には悲惨な体験を思い出したくないという理由で戦争体験を語らない人たちはたくさんいます。父の場合はまだそんな年齢ではなかったはずで、語りたくない理由は他にあるとしか思えないのです。



ぽんきちは子供の頃から祖母や母から戦争体験の話を聞かされて育ちました。子供の頃、実家の浦山にはまだ防空壕が残されており、中にはランプを掛けていたと思われる大きな釘が打ち込まれて残っていました。

ぽんきちたち子供たちに祖母や母が交互に戦争体験を語ってくれる時も、父は何故か黙って彼女たちの話を聞くだけで、自らは決して語ろうとはしませんでした。

島の対岸には当時の大日本帝国空軍の飛行場があったため、ぽんきちの故郷の地域でも激しい空襲があったそうなんです。

時には血まみれの兵隊さんが島の民家に担ぎ込まれることもあって、島民たちは傷ついた彼らを懸命に看護したそうです。

当時、母はまだ小学校低学年の子供で、そんな兵隊さんたちから随分可愛がられたと話していました。家族を故郷に残して戦っている兵隊さんも多かったはずで、若い彼らはとても優しかったそうです。

そんな話を幼かったぽんきちが聞かされている間も、父は黙って祖母や母の話を聞いているだけで、自分からは話そうとはしませんでした。



今、父が施設に入所し、話をする言葉さえも時々聞き取りにくい状況になりつつある中で、ぽんきちは父は何故あれほどまでに戦争について語りたがらなかったんだろう?と考えてしまうのです。

昨日、父は「ここが終の住処になるのぉ・・・」とポツリとこぼしました。ぽんきちは「そうだね・・・」としか言えませんでしたが、このまま父とはこんな会話のやりとりだけで終わってしまうのか?という複雑な想いがあるのです。

14歳という多感な時期に終戦を迎え、それまでの価値観が180度変わってしまう大きな歴史の転換点にすべての国民が立ち尽くしたであろうあの時を、教師や大人たちがそれまで教えてきたことをすべて翻したあの頃のことを、14歳になったばかりの父はどう感じていたのだろう?



きっと父はこのまま息子たちには当時のことを何も語らないまま死んでいくのでしょう。

本当はぽんきちは父にも語って欲しかったという気持ちがあるのです。でも、語らないことが父の望みであったならば、最後まで語らない父の息子のままでいようと思います。



父には穏やかな余生を送って欲しい。

今のぽんきちが父に望むのはそれだけです。











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posted by ぽんきち at 2016/08/15 16:40 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする