村岡花子と赤毛のアン






「花子とアン」が終わってもうた〜。゚(゚´Д`゚)゚。


もう宇田川満代にも会えないぉ(T_T)



「花子とアン」は面白かったなぁ・・・

花子は洋書の翻訳を始めると寝食も忘れて没頭してしまいます。

それほど夢中になれること、大好きなことを仕事にしていた女性だったんですね。



カナダ人のスコット先生と約束した「赤毛のアン」を翻訳して日本の子供たちに届けるという夢を叶えるため、戦争を乗り越え、出版社の無理解の日々も乗り越え、花子は13年間も諦めずに闘ってきたんですね。

スコット先生と花子の個人的な約束が、二人の友情が、時代を越えて読み継がれていく本を生み出したんですね。



このドラマを観ていてリスペクトするとはこういうことだろうと思いました。

翻訳者の表現によってそのオリジナル本はいかようにも伝えられます。

平凡な何気ない日々も表現次第で生き生きと輝いたものになる・・・

表現はその作品に新しい命を吹き込むことさえある・・・



ぽんきちにとって「花子とアン」はとても刺激になるドラマでした。

自分というものを、これからの生きるべき道を、改めて考えさせてくれたような気がします。

自分のやりたいことははっきりしている。大震災も、家族の死も、戦争も乗り越えて、最後まで諦めずに自分なりの表現を追い求めた花子のような人が過去に実在したんですよね。

平和な現在に生きながらいとも簡単に諦めてしまう人生の価値とはいったいどんなものなのか?と、ぽんきちは考えずにはいられないのです。



寝食も忘れて没頭するものが見つかっている人生を送れている人は、この世の中にどれくらいいるのかはわかりません。

でも、神様は我々にそれを与えてくれたんですよね。誰にも等しく与えられた命、そのスタートラインにおいては皆同じですが、夢中になれるものを見つけてしまった人間にはその役割があるはず。

人生の曲がり角のその先にあるものを見ることをせずに終えるかどうかは自分次第です。



未来に見える景色を作るのは自分次第ですよね(^-^)



posted by ぽんきち at 2014/09/27 12:18 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする